北緯1度通信

シンガポール在住の日本人です。日々の雑感、趣味の話など思いつくまま書いてみます。

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唐沢俊一のマンガ論検証(5)UA!ライブラリー・5「悲しい星の子」

唐沢俊一のマンガ論検証五回目です。UA!ライブラリー・5「悲しい星の子」は、奥付によると2000年8月に前作同様"日本貸本漫画保存会"により発行されています。前作とのブランクは2年3ヶ月です。

この月は次回取り上げる予定のUA!ライブラリー・6「呪いをあなたに」も出版されています。長いブランクの後、突然エネルギッシュに復活です。

目次によると、「悲しい星の子」、「悲しき姉妹」、「みじかい命」、「あじさいの精」、「さようなら」の5作品が収録されていますが、「悲しい星の子」、「さようなら」以外はダイジェストで、「みじかい命」に至っては結末が破れていて存在しないので(!)収録されていません。まあ、話が話なので困らないんですが。

唐沢の文章は、77ページから80ページまで上下2段組で収録されています。俄然やる気が感じられる量です。では。

同書77ページから80ページまで。原文縦書き。強調引用者。


神聖少女お涙帝国

解説・唐沢俊一

お涙少女マンガとは何か。
端的に言ってしまえば、それはお涙少女小説の進化したものである。
どこが進化したものなのか。
いや、その前に、お涙少女小説というものについて語らねばなるまい。
少女小説とは、メロドラマのひとつのジャンルである。メロドラマは誇張されたストーリィが特長であり、善玉と悪玉がはっきりと分かれ、ヒーローとヒロインの前途にそれを迫害するカタキ役、もしくは越えがたい障害が現れることを特長とする。ご都合主義、煽情性、通俗性、感傷性を多分に持ち、大衆には大いに指示(ママ)されても、大抵の場合、ヒョーロンカと称する識者の方々には評判が悪い。
少女小説は、そのようなメロドラマの中でも、読者対象を少女たちと規定することで、さらに特殊化された特長を持ッ(ママ)ていた。
昭和史研究家の秋山正美氏によれば、少女小説とは"予定調和的なハッピーエンドが最後に用意されている悲劇"ということになる。その悲劇の要素は、秋山氏の挙げるところによれば
「身分や境遇の相違からくる嫉妬やスレ違い」
「誤解が招いた対立」
「正しい者に加えられる不当な扱い」
「善意によるあやまち」
「ぬれぎぬ」
「裏切り」
「淡い初恋の破たん」
「やむにやまれぬ恋のさや当て」
「親子の確執」
ということになる。
そして、主人公の設定はほとんど例外なく、
「純情で、けなげで、しかも努力家であり、愛と献身と自己犠牲の意欲にあふれた少女」
であることが特長である。彼女たちが
「病気・天災地変・遭難・自己(ママ)・犯罪・予期せぬアクシデント」
に見舞われて不幸のドン底におっこちながらも、
「肉親・恩師・友人・行きずりの親切な人」
たちに助けられながらがんばり、ついには
「ネオンのきらめく華やかな大都会で成功を収め、立場が安定し、物質的にも恵まれ、ついに栄光に輝く」
のが少女小説の定型である、と秋山氏は言う(『少女たちの昭和史』新潮社)。いささか直截すぎるようにも思えないではないが、ここらへんが最大公約数として万人に受け入れられる”幸福”の定義だったのだろう。
ただし、これは昭和戦前の少女小説における特長である。それより以前、明治・大正時代においては、少女小説というのはもっと浮世離れした、頽廃の一歩手前のリリシズムとロマンチシズムに彩られた世界だった。吉屋信子の『花物語』などがその代表作である。
昭和期に入り、一般庶民の娘たちも、やや娯楽というものを享受するだけの経済力を持つようになると、少女小説は一斉にその世界を広げ、少年小説の勇壮な冒険譚に対して、優しくはかなげなストーリィを読者に提供しはじめた。そして、そういうストーリィの中で最も人気を博したパターンが、前記の、秋山氏の抽出したような道具立てのストーリィであったのだ。
大手出版社のほぼ寡占状態であった少年小説市場に比べ、少女小説はまだ弱小出版社の入り込む余裕があり、それらは質の高さよりも、読者のニーズに合わせ、売れる要素のみをより抽出して誇張した、言わば”泣かせる”目的に一点集中させた、特異な構成の小説を多産させることになった。そして、それは第二次世界大戦の敗戦と言う、読者の少女たちのほぼ全員を貧しくさせた出来事により、さらに加速された。
質の悪い仙花紙に印刷された少女小説は、読者自らと同じような貧しい境遇にある少女が主人公であることで感情移入が容易であり、かつ、それらの少女が最後に幸せをつかむストーリィが、明日への希望を奮い立たせるという実用的役割もあり、全国の貸本屋や図書館などで、爆発的な人気をよんだ。どれくらい、こういった少女小説への需要があったかというと、ポプラ社・偕成社というこの分野での二大大手の少女小説シリーズが、それぞれ、全二〇〇巻という膨大な巻数を誇っていることでもわかるだろう。その他、らくだ社金苑社雲雀社詩文社あおぞら出版社などといった中小出版社がどれほどの数の少女小説を生み出していったか、今では総数を把握することも出来ない。まさに昭和二十年代、日本には少女たちの流す涙の海に浮かぶ一大帝国が築かれていたのである。
やがて、朝鮮戦争を期に、日本は急速に戦後の混乱から復興してくる。昭和三十年代に入ると、高度経済成長期を迎え、人々の生活は、日々、豊になっていった。身の回りに、テレビ、掃除機、電気炊飯器と、ひとつひとつ電化製品が増え、自分立ち(ママ)の暮らしがよくなりつつあることが、実感できる時代になった。少女たちもまた、豊かになり、小説に描かれる窮乏とは、次第に感覚が乖離していくのである。
この辺りで誕生したのが、小説にとって代わるメディアとしてのマンガであった。少年マンガより数年遅れて確立した少女マンガは、当初、いったい何を描けばいいのかわからぬままに、かつての少女小説の世界をそのまま踏襲して、お涙頂戴マンガを量産していった。
読者である少女たちも、生活のレベルの向上はあっても、嗜好の方はそれに追い付かず、いまだお涙には絶大なる需要があった。
しかし、今度は、少女たちにとって、作中の主人公たちの被る悲劇は、別に身に染みるものではあり得なかった。かつては、家をなくし親と別れ、辛苦の限りをつくすストーリィは、読者の少女たちに極めて身近な、共感を呼ぶものであった。それだけに、ラストのハッピーエンドが、いかにご都合主義なものであっても、読者はそこに安心感を抱いたのである。
マンガの時代になり、読者は主人公の悲運を、他人事として、純粋にドラマとして見るようになった。娯楽をふんだんに与えられ、目の肥えた少女たちは、悲劇を純粋に実体験と切り離し、お話として楽しむことを覚えたのである。
そうなれば、作中の悲劇はエスカレートすればするほど楽しめる。なまじ、お約束的なハッピーエンドなど用意されていない方が、その悲劇性は高まる。
少女小説と少女マンガの、同じお涙であっても、その最大の違いはここにある。少女お涙マンガの薄幸な主人公たちは、ほぼ半数以上が、救われないのである。そして、読者の、”もっと泣かせて!”というニーズに応え、数えきれない数のマンガ家たちが、腕にヨリをかけ、才能のあらん限りをつくして、原稿用紙の中の少女たちに、ありとあらゆる不幸を嘗めさせ、悲惨な運命に翻弄させ、救われない死を遂げさせた。そのエスカレートぶりは、ここに復刻した『悲しい星の子』などに(ここでは主人公こそ死なないが、それをとりまく登場人物のほとんどが死んでいく)明らかだろう。”お涙”というものの持っていた、強大にして深遠なパワーを、どうか若い人々にも味わってもらいたい。
昨今、また、巷ではトレンディ・ドラマなどにお涙モノが流行りだと聞く。だが、日本全国の少女たちがとにもかくにも一直線に他人の不幸を待ち望み、その境遇に涙することで恍惚となった、あの時代には比ぶべくもない。
栄光ある少女お涙帝国の光、いまいずこ。こうして復刻マンガの中で、せめてもその影をしのぶことにしよう。

全体の5/8も使って少女小説の説明をしている。昭和になって庶民の娘たちも小説を買えるようになったので、彼らのニーズに合わせて内容が泣かせる要素ばかりになり、敗戦で一気に全員が貧しくなった事でその傾向が加速された、と言いたいようだが戦時の出版統制に全く触れていないのは不自然だ。

"まさに昭和二十年代、日本には少女たちの流す涙の海に浮かぶ一大帝国が築かれていたのである。"

ウィキペディアの"少女小説"の項では、この時期の少女小説について次のように説明されている。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/少女小説"より


"第二次世界大戦が終わると、新しく少女向けの雑誌が創刊され、また戦前から発行されていた少女向けの雑誌が自由な誌面作りを許されるようになった。しかし、戦後の少女向け雑誌は総合雑誌として内容が多面化し、小説のほか、芸能記事、おしゃれについての読み物、漫画などが掲載され、戦前の少女向け雑誌に比べ少女小説の掲載は減少してしまう。"

戦時中の出版統制について全然言及せず、貧しさだけが少女小説の隆盛の原因であるがごとく主張する唐沢よりも説得力があるのはいうまでもない。

そして、生活が豊かになったので小説に描かれる窮乏と感覚が乖離していくが、当時は生活レベルに嗜好が追い付くまでは間があったのでお涙頂戴はいまだに需要があった、マンガの時代になって、娯楽がふんだんに与えられたので悲劇をお話として楽しむ事を覚えた、その結果要求がエスカレートしていって(少女小説と違って)ハッピーエンドのない少女マンガが生まれた、と続けるのだが。

生活のレベルが上がったのでお涙に需要が無くなった、と主張したいのか、お話として純粋に楽しむ事を覚えたので需要が高まった、と主張したいのかどっち付かずで非常に歯切れが悪い。そのせいで、お涙頂戴少女マンガが廃れた原因を説明し切れていない。


"ほぼ半数以上が、救われないのである。"

こういう事を不用意に書く論者は信用できない。

"昨今、また、巷ではトレンディ・ドラマなどにお涙モノが流行りだと聞く。"

2000年発行の本に掲載されたとはとても思えない年代のズレを感じる。トレンディ・ドラマってバブル期の前後に流行ったものじゃないの?例によって具体的な作品名は無し。

今回の文章は量的には充分だが、少女小説のとんちんかんな説明をしたせいで訳がわからない物になってしまったようだ。次回はUA!ライブラリー・6「呪いをあなたに」を取り上げます。

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